津波の記憶を刻む文化遺産 -寺社・石碑データベース-Cultural Heritage Sites Possessing Memories of Tsunamis: Database of Temples/Shrines and Stone Monuments

碑/Monument 溺鬼供養塔

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日付:2025-08-27 03:41:14

溺鬼供養塔

撮影日:2025-07-22 10:46:33 Date the photo was taken

  • 溺鬼供養塔
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スポット名 Name of the spot 溺鬼供養塔
市町村名Municipality name 九十九里町/ Kujukuri town
住所 location 千葉県山武郡九十九里町片貝3601
碑文 inscription 八大龍王 南無妙法蓮 四天大王
碑文縁起(表)Inscribed history (front) 八大龍王 南無妙法蓮 四天大王
碑文縁起(裏)Inscribed history (back) 州之浜、東海者上総也、海〓蜿蜒百里而、近世謂之九十九里之瀕、蛋戸漁荘相聚而為邑、邑之大者曰片貝・小関・新生、一望浩蕩、無畔無辺、狂涛怒浪、日夜拍天、颶風沓潮、発作無時、毎一作海運波嘯、巨浪山立、奔突崖岸、瀕海一帯呼吸間、変成蒼海、寸棟片瓦、皆化烏有、馬牛畜獣、無有孑類、従此幽魂泣黒夜、溺鬼嘯白日、頻年風怒浪激、漁艇海舶覆没無已、郷人之毎会聚、説患懐其慰怨鬼者久矣、師顕栄乃能指示其方、建石於崖岸、使溺鬼有所依帰焉、郷人歓欣踊躍、不命而献、不祈而薦貨、旬日之間、鉅石謹具、師以前問聖人之道於余之故、百里杖錫、訪吾廬、請文其事、鳴呼瀕海之民、罹沓潮之患飽鮫之腹、毎一話畢猶且毛竦膚悸、不惻然感愴者尠矣、況親聆其事面〓其跡乎、今師因郷人之所請、俾幽魂有所帰焉、余非其人、亦深喜斯挙之慰幽綏明、郷人飽魚蟹、歳無風災之、於是不敢作辞遜之詞、遂甄録其顛末、俾郷人鐫石繋之
天保十三年歳次壬▼寅秋七月孟蘭盆会之日
東都    綾瀬  亀田 梓 撰文(https://materials.utkozisin.org/articles/detail?id=S00001298)
碑のある神社縁起 History of shrine
災害名称 Disaster name 元禄津波(地震)
災害発生時期 Year of the tsunami 1703(元禄16)年11月23日(新暦12月31日)
建立時期 Construction period 1842(天保13)年7月
サイズ Size 高さ240dm、幅137.5cm
関連情報 Related information 溺鬼供養之碑  (九十九里町北の下) 碑陽には曼陀羅を刻み、碑陰の(溺鬼供養之碑)は、江戸の儒学者、亀田綾瀬が記し、建立碑の経緯を詳細に語っている。地元の依頼により、顕本法華宗江戸触頭慶印寺住職顕栄が、師の綾瀬に撰文を委嘱した。津波や海難の災害が、いかに漁民を悩ましたかが窺える。この碑の建てられた天保一三年(一八四二)はあたかも豊漁期であったため、元禄の大津波以来の海難犠牲者の霊を慰めようと、当時の漁師関係者一一名によって、この海辺の地に供養塔が建てられたのである。        (九十九里町教育委員会)
参考文献 References  
備考 Remarks  

緯度・経度情報Latitude/Longitude