津波の記憶を刻む文化遺産 -寺社・石碑データベース-

地震津浪遺誡 津波の年代:安政元(嘉永7、1854)年

三重県志摩市阿児町甲賀 妙音寺裏

撮影日:2012-04-09 13:44:07

  • 地震津浪遺誡
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碑文
地震津浪遺誡
碑文縁起(表)
 地震津浪遺戒
 蓋我甲賀村ハ 其土地低キヲ以テ古ヨリ地震津波ノ災ニ罹ル[事]数ニ〆 殊ニ明應・宝永・享保・安永等ノ如キハ 頗激烈ニ〆 村里ノ八九分ハ殆流失ニ帰シタリ 故ニ漸丘地ニ居ヲ移セシナリトノ記録・口碑存スト[雖] 其ハ啻ニ昔話視セシガ 安政元年六月十四日ノ夜大地震起リシカバ 衆皆驚怖セシカドモ 幸ニ〆災變ニ至ラス 然ルニ同年十一月四日ノ朝再大地震起レリ是レゾ未曽有ノ激震ニ〆家屋倒レ
 大道裂ケシカバ 人畜驚擾奔逸シテ藪畠ニ避逃ス斯スル間ニ井水モ一時ニ涸竭(渇)シ 海潮ハ遙沖いきわかたマデ退干セシガ 直ニ反シ数十丈ノ高浪恰雲ノ如ク起リ 忽激進シテ陸地ヲ突ク[事][凡]四[回] タメニ田野邸宅モ一時ニ潰エ殆野羅トナリタリ 而〆其流失ニ属セシハ實ニ戸数百四十一 家屋四百十一 船舶五十一 堤防四ニソ剰へ溺死セシモノ総十一人 其他貨財糧米等一モ殘留スルモノナシ 是ニ於テ衆山野ニ起臥シ飢寒ニ困ム等 其惨状實ニ言ハン方ナシ 依リテ藩主ヨリ米百八十三俵 金五十六両 衣類数領ヲ賑恤セラケタリ 爾後数十年間 夙夜回復ニ孜々タリシカバ 漸今日ノ形勢トハナレリ
 嗟呼 天災實ニ測ルベカラズ 後世ノ人[若]地震ニ際セバ必先火ヲ戒メ速ニ老幼ヲ携エ高丘ニ避クベシ
否ラザレバ危難必其身ニ至ル[事]アルベシ 其宜之ヲ[鑑]ムベキ也
干時明治廿四年十一月建之

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