津波の記憶を刻む文化遺産 -寺社・石碑データベース-

寺社 神倉神社

和歌山県新宮市神倉1丁目13-8

撮影日:2012-04-11 11:33:39

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碑のある神社縁起
神倉山は日本書紀に天ノ磐盾として記載されている歴史ある場所です。神倉神社のゴトビキ岩はそんな変遷の新宮を何千年も唯一じっと見続けている霊石でもあるのです。
お燈まつりは毎年2月6日神倉神社の例大祭として執り行われます。白装束に荒縄を巻いた2,000人前後の上り子が松明を手に急な石段を駆け降りる火祭りです。江戸時代までは1月6日に行われ、火で心身を清め、その年の平安を祈る祭りとして続いてきました。約1,400年もの歴史があると言われています。この日だけは女人禁制。神倉山に登れない方は、麓の鳥居から石段を見上げてみて下さい。お燈まつりの勇壮さが想像できます。石段は538段あり、1,193年、源頼朝が寄進したと伝えられている。
太鼓橋の右手には「下馬」標石があります。1,672年奥州(現東北地方)の大銀与兵衛盛道が、熊野三山に七度参詣した記念に寄進したと書かれています。車も新幹線もない時代に片道約1200kmもある道のりを7回も・・・熊野信仰の篤さがうかがえます。
神倉山を上り詰めると神倉神社がありますが、その手前に参拝前に手や口を清めるための手水鉢があります。巨大な花崗岩を丸ごと刻んで仕上げたもので、新宮城主二代「水野重良」が1,631年、親類にあたる下野の国(栃木県)那須城主「大関高増」の母の延命と繁盛を祈願して寄進したものです。
神倉神社は、高倉下命(たかくらじのみこと)と天照大神をお祀りしています。境内には、熊野権現が最初に降臨されたと伝わる霊石「ゴトビキ岩」があり、この岩間からは、弥生時代の銅鐸の破片やお経を書いて埋めた経塚が発見されていて、古代から大きな石を祀る自然信仰の場として、神聖視されてきた山であることがわかります。最近、スピリチュアルスポットとして注目を浴びています。 (新宮市観光協会HP)

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