津波の記憶を刻む文化遺産 -寺社・石碑データベース-

神社 厳島神社 災害復興記念碑 津波の年代:大正12(1923)年9月1日

千葉県南房総市白浜町白浜

2012‎年‎12‎月‎15‎日、‏‎13:31:00

撮影日:

  • 厳島神社 災害復興記念碑
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碑文
震災復興記念碑
碑文縁起(表)
文字列から読み取れる大意は次の通りである. 「震災復興記念碑 大正12(1923)年9月1日,関東大地震で海底が約1.8m隆起した.私達の白浜の漁港は潮が引いてしまい,船が掬われてすべてだめになった.これより後,住民は村当局と力を合わせて一緒に計画を立てて,毎日,朝から晩まで復興のため岩石をうがち,海底をさらう作業を行うこととなった.大正13(1924)3 月に工事が始まり(起工),大正15(1926)年6月10日に完了した(竣工).工事の総額は1万5,000円余りであった.野島は周囲が現れて,岬となった場所であるが注1,当時,この地の灯台が倒壊したのは普通では考えられないくらいの驚きで言葉が出ないくらいむごたらしい様子だった.しかし,村全体の被害は軽微で,神様が知らず知らずのうちに守ってくださったからだ,鎮守の厳島神社を改築したいと誰かが言いはじめ,皆が同意した.神様のご神徳に報いるお金は補助金802円と宮城,福島両県からの寄付金142円を合わせ総,700円を得た.昭和2(1927)年2月20日に竣成し,住民たちの希望がかなった.そこで,このことを子孫に念入りに伝えるために,このあらましを石に刻み石碑を建てる.昭和2(1927)年7月10日建之」
碑文縁起(裏)
関東大震災
碑のある神社縁起
嚴島神社は、「通称・野島辨財天」と呼ばれ地域の人々に親しまれています。祭神は、市杵島姫命を祀っています。敷地112坪の境内には、本殿(銅板葺神明造)、幣殿(銅板葺切妻造)、拝殿(瓦葺入母屋造)が建ち並びます。古来から福の神として人々の信心が篤い社です。安房の名工武田石翁が19歳の時の作品の七福神の像(南房総市指定有形文化財)が置かれ、その中の弁財天だけが社内に祀られています。また、矢鏃の石も置かれております。南房里見八犬伝の祖、里見義実公が武運を祈願して「野島山」の三文字を記したと伝えられています。(千葉県公式観光物産サイトより)
建立時期
昭和2(1927)年7月10日
関連情報
災害復興記念碑は、昭和2(1927)年に建立されたものである.付近には野島埼灯台が建つ.この地域は大正12(1923)年に発生した大正関東地震により海岸が隆起し,また灯台が崩壊するなどの被害を受けた.この石碑は,本地域の海岸の隆起量(六尺)や被害の様相,復興の社会的な動きを記録した貴重な資料である.石碑のサイズは幅80cm,高さ150 cm,厚さ12 cmほどの板碑で,表面に5mm程度の深さで文字が彫られている.文字列は,苔の繁茂や風化作用によって読み取りが難しくなりつつある.

緯度・経度情報

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