津波の記憶を刻む文化遺産 -寺社・石碑データベース-Cultural Heritage Sites Possessing Memories of Tsunamis: Database of Temples/Shrines and Stone Monuments

碑/Monument 浅川御﨑神社石碑(旧碑)

所在地location徳島県海部郡海陽町浅川字川ヨリ西168番

津波の年代Year of the tsunami1854年(安政一年)

石碑の正面

撮影日:2017-11-16 11:26:03 Date the photo was taken

  • 浅川御﨑神社石碑(旧碑)

碑文縁起(表)Inscribed history (front)
明治三十四年辛丑十一月建之ル 干時嘉七甲寅十一月辰刻大地震須臾して潮狂ひ町中へ●れ込み是全く 大汐の入るならむと人々驚き山上へ荷物を運ひ迯け登り周章あへり此日ハ一天二 雲風なく日輪朧如くなれハ寶永年度の如き震汐もあらんかと海原に篝火焚 其夜明し又翌日五日ハ風収り天色前日如く殊に暖なる事時候に背審敷思ひ山 上へ仮小屋を建て荷物を運者も有又ハ前日の變にて事すみと心緩み持出たる荷物 持帰る者も有て區〃なる折柄申刻ヨリ古來未曽有なり大地震漸し家藏崩れ黒煙 立山海鳴ひゝき老若男女周章迯まとひ忽津浪山の如く押來れハ悲む聲〃喧しく もより〱の山〃へ迯け登り見るに一番汐ヨリ三番迄の大荒れいわんかたなく浦村人 家土藏不残流失せり天満宮大歳御崎神社江音寺千光寺東泉寺門徒庵引キ 残り四番汐ヨリ後ハ幾度共なけれハ夜に入猶大地震鳴動にて人〃生る心なく念佛のみに 夜明し暁寅刻比至り震遠くなり浪も少し靜りぬるに土地は跡なく海河原とかわり哀 れなる事言葉に述難し津浪高サ貳丈ヨリ處により三●餘り観音堂石磴廿五段迠一谷坂 下迠伊勢田ハ馬頭観音迠浦ハ辷り石坂下迠三ケ寺共座上四尺餘迠浦死人弐人死ス馬弐疋死 大阪其餘国〃舩乘迯出死人夥敷由餘年後斯如き大地震津浪之節必前に印 有へし構て山上へ仮小屋建鍋釜鎌鍬麦米當用品〃持運ひ仮住居用意決して 舩に乘り助からんと思事なかれ後の世人心得為二此あらましを書記て残し置き ものなり大汐年号永正九年八月四日慶長九年辰十二月十六日慶長年迠ハ九十四 年寶永四年亥十月四日是迠百四年目なり●永七寅年迄百四十八年目なり 寶永年度の大汐ハいど水ひき海濱ヨリ弐百間もひき死人百五十八人死スト山道ハ年〃つくるべし 池内□□ 大田冨□ 大沢久太郎 大沢政太郎 大田芳□ 岡野靍□ 伊勢田煦惠
災害名称 Disaster name
安政南海地震
建立時期 Construction period
1901年(明治三十四年)11月
関連情報 Related information
地震津波碑デジタルアーカイブ:http://www.jamstec.go.jp/res/ress/tanikawa/gallery/kochi/tanezaki-kubo.html

緯度・経度情報Latitude/Longitude

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